認知症予防の基本

認知症の体験談

身近であった認知症の体験談【40歳女性のケース】


私は40歳の女性で、父の経営する会社で事務職をしています。
私の祖母は、近所の方と些細なことで口論したのをきっかけに、認知症の症状を見せるようになりました。

祖母は十年ほど前から、老人専用のアパートで独り暮らしをしています。アパートの隣の部屋の方と口論をした二日後、朝と夜を間違えて、真夜中に買い物に出かけてしまいました。

アパートの管理人さんから『止めても聞かずに出かけて行ってしまった』という連絡をいただき、母と私で慌ててアパートに向かいました。

警察に捜索願いを出して、最寄りの電車の駅構内を歩き回っていた祖母を見つけていただいて事なきを得ましたが、祖母の顔を見るまでは本当に気が気ではありませんでした。

その後、病院で認知症の検査を受け、役所にも相談してデイサービスに通い始めました。

それで多少は落ち着いてくれたのでホッとしました。ただ、ひとつだけ、今もとても困っていることがあります。

祖母が競馬に夢中になってしまったことです。夢枕に観音様が立ち、競馬で大金を得て、それで新しく事業を始めなさいと言われたと、祖母にとっては実の娘である私の母に話したそうです。

競馬のシステムを余りわかっていないながらも、時には当たることもあるようですが、もちろん外れてしまうのがほとんどです。

持っていた株を売り、銀行と郵便局の貯金を十万円単位で引き出して、競馬につぎ込みました。成年後見制度なども考えましたが、祖母は自分を認知症だとは思っていないので、私の母もそれを言い出すにはどうしても躊躇があったようです。

最終的には生命保険も自分で解約してしまい、祖母の貯蓄は完全にゼロになってしまいました。

祖母にとっては義理の息子となる、私の父との同居を嫌がって、いずれは老人ホームに入りたいと言っていましたが、今はそんなお金は残っていません。それでも少ない年金を競馬に使い続けています。

またお金の問題だけではなく、遠くの馬券売り場に一人で出かけてしまうので、迷子になって警察のご厄介になったのも一度や二度ではありません。

道で転んで血だらけになっている祖母を保護したと、警察から電話がきたこともあります。仕方なくセコムのGPS端末を持ってもらい、居場所だけは常に把握できるようにしました。

祖母は、元々はとても倹約家で、性格も本当に優しくて、私は子供のころから一度も怒られた記憶がありません。

その祖母が、競馬に関しては人が変わったように感情的になります。

母や私が何度やめるように言っても、絶対に聞く耳を持ちません。私は以前デイサービスで働いていました。

料理を担当していたので介護の資格も知識もありませんが、症状の軽い方から重い方まで、様々な認知症の方と接した経験はあります。

またインターネットなどでも、認知症の家族を持つ方の体験談などを色々と調べたりしましたが、祖母のように競馬に関する症状というのは見つけられませんでした。

祖母に悪気がないことはわかっています。でも大切なお金を、ドブに捨てるように競馬に使ってしまう祖母を理解するのは、どうしても難しいことです。祖母は競馬に夢中なこと以外はだいぶ落ち着いたので、要介護認定自体は低いです。独り暮らしをしていても大した不自由は感じずにいるようです。

でも、金銭的には非常に苦しい状況です。私や私の両親も、会社の経営が厳しく、お金に余裕があるわけではありません。これからどうなるのかを考えるととても不安になりますが、祖母にとって競馬は唯一の楽しみになってしまっています。私は祖母が大好きです。祖母が幸せなら仕方がないと、諦めるしかないのかも知れません。


身近であった認知症の体験談【45歳女性のケース】


町内に住む30年来の友人から、実家のお母様の様子がおかしいらしいという相談を受けました。

友人は実家のお隣に住む方から連絡を受けたそうなのですが、会話に一貫性がなくなったと思っていたら道端で出会っても無視されたり、普通に会話をしているうちに急によそよそしくなってみたり、長年隣に住んでいるのに、頻繁に名前を間違われるようになっていたそうなのですが、だんだんと着ているものまでおかしくなってきたそうです。

配色や季節感がズレているのはともかく、頻繁にボタンを掛け違えていたり、片足にだけ2枚の靴下を重ね履きしていて片足は素足だったり、セーターの上に薄手のブラウスを羽織っている姿も目撃されたようです。

23時過ぎにぼんやりと歩き回っていることもあるというのですから、もしかしたら認知症を発症しているのではないかという事でした。

様子を見に行きたいけど、一人だと心細いから付き合って欲しいと言われ、久しぶりに友人の実家へお邪魔することになりました。

子供の頃はよくお互いの家を行き来していたので、友人のお母様とも面識がありますが、お互いに実家を出てしまってからはあまりお会いする機会もなく、当時の元気な姿しか思い浮かばなかっただけにあまり心配はしていませんでした。 体を動かす事が大好きで、気さくで豪快だけど家事は完璧な、いわゆる肝っ玉母さん系の方だったのですが、玄関を入った瞬間に目に飛び込んできたものはゴミの山でした。

一応はゴミ収集袋に入ってはいるのですが、明らかに分別されていないゴミ袋が廊下にいくつも放り出されているんですよね。 何か月も掃除をされていないような家、キッチンにはレジ袋に入ったまま痛んでしまっているお惣菜の山、シンクには汚れた食器が積まれ、冷蔵庫からは帽子と靴が出てきました。

よくテレビ番組などで、視聴者やタレントの体験談をもとにしたという再現VTRを紹介されていたりしますよね。

なんとなく認知症に対するイメージはあったのですが、実際に目にしてみると凄まじいものを感じます。

本来ならば有るべきでは無い物がそこにあるというだけで、違和感を感じるだけではなく、表現は悪いのですが、一種狂気のような物を感じてしまい、こちらまで物凄く不安になってしまうんですよね。

市役所に相談に行き、介護保険制度の申請を行いました。

認知症を知識として知ってはいても、大変そうだなくらいにしか思っていなかったのですが、決して他の人事ではないという事ですよね。

友人のお母様が発症したという事は、同い年の自分の母もそろそろ注意しておいた方が良いという事ですから。

身近であった認知症の体験談【62歳女性のケース】


96歳で亡くなった大叔父と90歳で亡くなった実母のことですが、二人は叔父、姪の関係で私も兄弟姉妹も近くに住んでいました。

大叔父は90歳近くまで一人暮らしで、その後老健、最後の2か月余りを特養で過ごしました。

毎日大叔父の所へお弁当や買ったお惣菜を届けて20~30分話をする程度だったので、物忘れがひどいと思っていましたがそんなにひどいとは思いませんでした。

大叔母がなくなって20年近く一人暮らしで、家事はなんでもできる人でしたので心配ないと思っていました。

ある日いつものようにお弁当を持っていくと、昨日の食べ物がそっくり残っていたり充分用意したのにお腹が空いたといわれたりするようになりました。

入浴、排せつもままならないようになり入院したり、老健や特養のショートステーを利用するようになりました。

独立心が強く、自宅への愛着も人一倍だった大叔父はとにかく家へ帰りたがって困りました。

仕事中に電話がかかってくることもたびたびありそのころ2年以上待機していた特養に入所が決まりました。入所させて初めて知ったことですが、住所もホームに変わり、当然郵便物もホームに届くようになりなんだか寂しい思いをしました。

弟と同居の母は昼間一人で話をすることもなく、ボケが進んでしまったと思うと悔やまれます。
用意したパンやお惣菜を一度に大量に食べたり、好きなビールを冷蔵庫にあるだけ飲んでしまい、弟が帰宅すると赤い顔をしていたこともありました。

私と妹が、買い物が大変だろうとティッシュやトイレットペーパー、サラダ油などを持って行っていましたが、無くなるのが早いことに気が付きませんでした。

部屋や台所がよごれていたり、散らかっているのを放置するようになったのも今考えると認知症のサインだったようです。

母が亡くなって押入れを見るとペーパー類が山のように入っており、流しの下の収納には賞味期限の切れたサラダ油、醤油がたくさん入っていました。

施設やヘルパーさんの助けを借りた介護でしたが悔やませることがいろいろあります。



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